赤福心中

「この赤福で、一緒にあの世に行って欲しいんだ」

火星で食べるイチゴの味は

その日はとても遠くの駅で待ち合わせた。

路線の終点なので、この駅行きの電車をよく乗っていた。世界の果てだと思っていた駅にまさか自分が来てしまうとは夢にも思わなかった。電車を降りた後は街の喧騒に驚き(世界の果てにも人は住んでいるらしい)、人の多さにウンザリしてしまう。ここにくれば少しは減ると思っていた人混みが、十二分に僕を疲労させた。もし人のいないところへいかれるならどこへでもいきたい。例えば火星とか。きっとdocomoあたりなら電波は通じると思うし、最悪PocketWiFiを持ち込めば地球となんら変わらない。Amazonだって配送してくれるだろう。僕はプライム会員なのだし。

 

地球を出る計画を立てながら待ち合わせた友人達と会い、モノレールに乗った。初めて乗る路線で、しかもモノレールだ。一体どういう原理でこの乗り物が動いているのかよくわからないし、電車との違いもよくわからない。でもワクワクする。先頭車両に乗り込み、一番前の席を陣取る。出発してすぐ高いところを猛スピードで進んでいく。世界の果てにあった街が後ろに消え、世界の果ての向こうにある世界があらわれる。いくつもの世界の果てを通り過ぎているうちに、世界に興味がなくなってしまった僕は久しぶりの友人達と近況報告をしあう(久しぶり会ったことさえ忘れてしまっていた)。そして僕達は目的の地に着いた。

 

農園は駅の近くにあり、大きな看板が出ていたのですぐにわかった。甘くて小さくて赤い果実を食べるためにこんな果ての地まで来た僕達は、農園前の立て札を見て愕然とする。

『本日は売り切れです』

これ以上先へは進めない、つまりここが本当の世界の果てだ。僕はそう確信した。そして、ここには絶望がある。

 

途方に暮れた僕らは、世界の果ての果ての果てのそれまた果ての、そのまた果ての果ての港町で遊ぶことにした。この世界の果ては観光地らしく、ここにもたくさんの人がいる。火星が恋しい。火星にイチゴ農園があったなら、毎週のように通うだろう。ビニールハウスがあればなんら地球と変わらずイチゴは育ち、そしてなにより、売り切れということは絶対にない。

 

港町から大きな橋を渡り小さな島に渡る。よくわからない神社の階段を登り、お金を払って動く階段に乗り、庭園のある塔を登って、見晴らしのいい場所に出る。とても高くてドキドキする。でも世界の果ての向こう側には果てしなく海が広がっていて、それはとても素晴らしかった。しかし火星にも素晴らしい景色はあるだろう。だいいち水の塊なんて下品である。クレーターの方が何倍も品がある。

 

見下ろした先の洞窟まで歩く間に腹ごしらえをした。新鮮な海鮮物を油で揚げ、炊きたてのごはんに乗せた料理を食べ、出来たてのアツアツ饅頭を食べ、ナッツ系クリームの不思議なクレープを食べた。食い過ぎである。火星に行ったらダイエットをしなくてはいけない。火星にもプール付きフィットネスジムがあるといいのだが。

 

薄暗くて少し暖かい洞窟を出た時、僕達はすっかり疲れきっていた。スピーカーから流れる人工的に作り出された洞窟の音(壁にあるスピーカーが存在感を放っていた)、センサーを使用した宗教チックなアトラクション、整備されていない道で行く手を譲ろうとしない観光客。全てに落胆した僕達は、徒歩で帰ることを諦めて船に乗った。小型の船で、それでも30人ほど乗れるようだった。満杯まで乗った船は10分ほどで港町まで帰ってきた。今まで誰がこんな船に乗っているのか理解できなかったが、今ならば説明できる。全ては策略だったのだ。行きの動く階段も、洞窟までの長い道のりも、不吉で人工的なBGMも、この船に乗せるための布石だったのだ。ああ、なんということだろう。

もうこんなところにはいられない。気付いてしまった島の陰謀を友人達に伝え、逃げるように僕は火星に向かった。人の想いも策略も売り切れもなにもない希望の地へ。空港へ向かう電車の中で、僕はNASAに電話して次の火星行きの便は空いているか聞いた。NASAの受付のお姉さんは優しい声でこう答えた。

 

『本日は売り切れです』